* ひこ雑感 その9

* 最初のボーナス

   昭和37年(1962)4月に東京都江東区立深川第三中学校の英語教師に赴任、その年の最初の夏のボーナスは5万円。
   学生の頃からの夢だった、テープレコーダー(Sony のDouble Track Four Channel)を購入しました。
   ラジオFen 放送から流れる英語のニュース等を録音して、今で言う、Shadowing をしては録音して、英語力を
   身につけようと奮闘しました。テープは、7インチ、5インチのオープンリール。今では死語となって、
   皆さんは何の事か意味不明のことと思います。でも、これが、Dramatic Reading 発想の原点でした!



* Dramatic Reading

   時代と共に、機器は進化してゆきますが、学校で英語科の備品として、テープレコーダーを購入し授業で使用する
   ことが可能になりました。
   オープンリールのテープも、やがてカセットテープと小型になりました。
   視聴覚室に設置された8台のテープレコーダーを、放課後クラスごとに曜日を決めて、生徒に使用させました。
   既習の課の英文の音読を録音させたのです。
   生徒にとって、テープレコーダーはまだ珍しく、手にすることが出来ないものでした。
   それを自由に使ってよいとなると、生徒の目は一段と輝きました。
   使用場所は、学校内であれば何処でもよい。放課後の自分の教室、4階のトイレの中、エコーが期待出来る狭い密室、
   静かな場所等々。
   録音したカセットテープを職員室の私専用の籠(スーパーマーケットで使うあのプラスチックの買い物籠)に入れて、
   テープレコーダーを所定の場所に返却し、生徒は下校。

   翌日の授業の最初は、籠の中のテープを全員で聴く。その後、授業が始まります。Dramatic に音読することを勧め、
   大いに褒めます。やがて、各家庭にもテープレコーダーが普及して、家庭で行った録音を、提出させることが可能に
   なりました。生徒は何度も練習し、飛び切りの音読を披露しました。空き時間に生徒のテープを聴いては、
   コメントを書いた紙をつけて返します。
   生徒の中に、Dramatic Reading が根付きました。機器の進化に新しい指導の発想が浮かんで、実践したものです。